2008年05月22日
あたしの信念とか価値観とかモラルとかは
長いこと自分でない人の思惑にゆだねていたので、
まだ奮起して一から築き始めて年月が浅いです。
なのでまた言い訳だけど、意志が強そに見えても弱いです。
やっていいことと悪い事の区別も曖昧です。
幸いなことに今はちょっと仲良くなれば、これ、すぐバレてくれます。
ほんとうに、幸いなことです。
そのせいで嫌われ離れられても、ちょっと辛いけど幸いなことです。
演技してる自分を認められてても、たぶん、プラスではないので。
そして今、自発的にはお風呂も入れないくらいヤル気がないです。
そういう時期なのかも知れないです。
それとも打破するのを怠けてるだけなのかも知れないです。
ちょっと前までは、自分の気持ち次第で
何でもどうにでもできると確信してたんだけどおかしいなー。
まあこれも一過性のものだろうという楽観視する気持ちと、
このまま堕落しきってしまうのではという怖い気持ちと、
半分ずつ。
人を愛するってどういうことってわかんない。
たいていの人がわかんない、きっと。
でもその人なりにわかってる人もどうやら確かにいるようで、
愛して愛されてること、
それはとても満ち足りていて穏やかで温かいってことだけ、
なんとなくわかる。想像するしかできないけど。
それ、欲しい。そういう気持ちになりたい。
あたし人を愛することができない。
自分が愛してもらいたいという欲求が、どうしても壁になる。
でも、愛してもらっても愛してもらっても、足りないのだ。
きっと、愛することもセットじゃないと、
うまくバランスが保てないものなんだろう。
好きなひとは、いっぱいいる。
でも相手の人生を一緒に背負ってもいいと思った人は、
今までで一人しかいない。
「愛してる」って、そういうことじゃないかと思うのだ。
相手のためにエネルギー割くのをいとわないこと。
相手を無意識に思いやって行動してしまうこと。
あたしそれ、昔からずっとある人のために必死にやってた。
やりすぎてもうその「与える泉」は
枯れちゃったんじゃないだろかと思う。
子供の頃、先生に褒められることしか考えてなかった。
成績よかった。聞き分けよかった。
教室で誰よりも先にまっすぐ手を挙げた。
どこに行ってもハキハキと喋り、褒められた。
家の中で母に私の存在を認めさせるには、
私の力で母に確固たる優越感を持たせてあげるには、
いつも誰からも褒められる子でいる必要があった。
対人恐怖が酷くてどんなに学校が辛くても黙ってた。
家では家族の均衡を保つために必要だと思えば
わざとおどけてもみせた。
母が持ち帰ってくる仕事を進んで手伝った。
あたしがここにいると気付いてもらうため。
いつも味方でいるよと安心してもらうため。
でもあたしもう、お母さんに振り向いてもらわなくても大丈夫みたい。
お母さんの代わりにならいつでも死ねるくらい大好きだったけど、
結局、お母さんは私のこと、そうは思ってなかった。
それを知ってしまった時すごく悲しかったけど、
だからといってどうすることもできなかった。
ただあたしの中で抑えられないほど肥大したものがめちゃくちゃ暴れた。
何年もかけてあたしは、ようやく静かな気持ちになれた。
もう家族のことは、思い出す事すら殆どなくなった。
「どうなっても私が見捨てないから平気だよ、安心して」
と側にいてあげたかったのは、あとにも先にもただ一人。
おかあさん。
それ以外に、人を本気で愛したことがまだないんだろうなあ。
困ったもんだわ。
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長いこと自分でない人の思惑にゆだねていたので、
まだ奮起して一から築き始めて年月が浅いです。
なのでまた言い訳だけど、意志が強そに見えても弱いです。
やっていいことと悪い事の区別も曖昧です。
幸いなことに今はちょっと仲良くなれば、これ、すぐバレてくれます。
ほんとうに、幸いなことです。
そのせいで嫌われ離れられても、ちょっと辛いけど幸いなことです。
演技してる自分を認められてても、たぶん、プラスではないので。
そして今、自発的にはお風呂も入れないくらいヤル気がないです。
そういう時期なのかも知れないです。
それとも打破するのを怠けてるだけなのかも知れないです。
ちょっと前までは、自分の気持ち次第で
何でもどうにでもできると確信してたんだけどおかしいなー。
まあこれも一過性のものだろうという楽観視する気持ちと、
このまま堕落しきってしまうのではという怖い気持ちと、
半分ずつ。
人を愛するってどういうことってわかんない。
たいていの人がわかんない、きっと。
でもその人なりにわかってる人もどうやら確かにいるようで、
愛して愛されてること、
それはとても満ち足りていて穏やかで温かいってことだけ、
なんとなくわかる。想像するしかできないけど。
それ、欲しい。そういう気持ちになりたい。
あたし人を愛することができない。
自分が愛してもらいたいという欲求が、どうしても壁になる。
でも、愛してもらっても愛してもらっても、足りないのだ。
きっと、愛することもセットじゃないと、
うまくバランスが保てないものなんだろう。
好きなひとは、いっぱいいる。
でも相手の人生を一緒に背負ってもいいと思った人は、
今までで一人しかいない。
「愛してる」って、そういうことじゃないかと思うのだ。
相手のためにエネルギー割くのをいとわないこと。
相手を無意識に思いやって行動してしまうこと。
あたしそれ、昔からずっとある人のために必死にやってた。
やりすぎてもうその「与える泉」は
枯れちゃったんじゃないだろかと思う。
子供の頃、先生に褒められることしか考えてなかった。
成績よかった。聞き分けよかった。
教室で誰よりも先にまっすぐ手を挙げた。
どこに行ってもハキハキと喋り、褒められた。
家の中で母に私の存在を認めさせるには、
私の力で母に確固たる優越感を持たせてあげるには、
いつも誰からも褒められる子でいる必要があった。
対人恐怖が酷くてどんなに学校が辛くても黙ってた。
家では家族の均衡を保つために必要だと思えば
わざとおどけてもみせた。
母が持ち帰ってくる仕事を進んで手伝った。
あたしがここにいると気付いてもらうため。
いつも味方でいるよと安心してもらうため。
でもあたしもう、お母さんに振り向いてもらわなくても大丈夫みたい。
お母さんの代わりにならいつでも死ねるくらい大好きだったけど、
結局、お母さんは私のこと、そうは思ってなかった。
それを知ってしまった時すごく悲しかったけど、
だからといってどうすることもできなかった。
ただあたしの中で抑えられないほど肥大したものがめちゃくちゃ暴れた。
何年もかけてあたしは、ようやく静かな気持ちになれた。
もう家族のことは、思い出す事すら殆どなくなった。
「どうなっても私が見捨てないから平気だよ、安心して」
と側にいてあげたかったのは、あとにも先にもただ一人。
おかあさん。
それ以外に、人を本気で愛したことがまだないんだろうなあ。
困ったもんだわ。
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■コメント
■ [みか]
こんにちは、HPにありましたか?
どこのことだろう・・・。
ありがとうございます。
どこのことだろう・・・。
ありがとうございます。



■こっそり [由香]
紹介されていたのでクリックしてみました。
と〜ってもカワイイ、ステキなブログですね。